旅行は苦手。でも家族孝行のために行く──お父さんの切ない本音
「正直、家族旅行はあまり好きじゃない。
家でゴロゴロして、テレビやアマプラを見ながらお菓子をつまんでいる方が、よほど“休み”らしい。」
そんな気持ちを心の奥にしまい込んでいるお父さんは、きっと少なくありません。

何を隠そう、私自身がそうです
それでも旅行に行く。
なぜかと聞かれたら、
「妻や子どもの笑顔が見たいから。」

そんな家族孝行に近い使命感を、いつの間にか自分に言い聞かせている。
言い換えれば、ほとんど自己暗示に近い感覚です
けれど──
その我慢や割り切りが、ある瞬間ふと崩れることがあります。
渋滞、予定変更、家族の何気ない一言。
ほんの小さなきっかけで、抑えていたイライラが顔を出してしまう。
本当は家族孝行のつもりで来ているのに、
気づけば空気を悪くしてしまう。
そして後から、自己嫌悪だけが残る。
この記事では、
「家族孝行として家族旅行に行くお父さんの本音」を正面から見つめながら、
なぜすれ違いが起きるのか、どうすれば自分の心を壊さずに向き合えるのかを整理していきます。
先に結論を言ってしまえば、
「自分が我慢すればいい」
「我慢しなければならない」
──そう単純な話でもあり、そう簡単な話でもありません。

それでもなお、家族のために動こうとする。
それが、良くも悪くも、
父親という生き物の宿命であり、使命なのだと思っています
家族孝行としての家族旅行──自分の心を度外視するお父さんの覚悟
「家族旅行」と聞くと、
多くの人が思い浮かべるのは、楽しそうな笑顔や賑やかな思い出でしょう。
でも、少なくないお父さんの心の声は、だいたいこんな感じです。
- 「正直、一人だったら旅行なんて行かない」
- 「休みの日くらい、家でゴロゴロしていたい」
- 「渋滞運転にホテルの手配……どこが“休暇”なんだ?」
──はい、どれも本音です。

そんな願望、もはや魔封波でどこかに封印してるわ

こうした願望は、
父親になった瞬間から心の奥底に封印されます。
表に出す予定も、出すつもりもありません。
なぜなら、それよりも優先すべきものがあると、
もう分かってしまっているからです。
仕事でクタクタになった体にとって、
家族旅行は「体を休める休日」ではありません。
多くの場合、それは完全に「家族のためのイベント」です。
運転する人。
予定を回す人。
トラブルが起きたら矢面に立つ人。
その役割を、誰に言われるでもなく引き受けているのが、
たいていお父さんです。
だからこの章の結論は、拍子抜けするほどシンプルです。

それが家族旅行というもの
そう!それ以上でも、それ以下でもありません。
楽しめない自分を責める必要もないし、
「向いていない」と落ち込む必要もない。
家族孝行として家族旅行に向き合うとき、
お父さんは最初から、
自分の心を度外視する覚悟を決めているだけなのです。
それは自己犠牲かもしれないし、
美談でも何でもないかもしれません。
それでもなお、
家族のために動くと決めている。
その事実だけは、
少なくとも、軽く扱われるものではないと思っています。
それでも家族孝行として旅行に行く理由──「家族の笑顔」という結果
じゃあ、なぜそこまで大変なのに、毎年のように家族旅行に行くのか。
答えは、確かにシンプルです。
「家族の笑顔が見たいから」。
妻が楽しそうにしている顔。
子どもが目を輝かせてはしゃぐ姿。
それを横目に見ながら、
「……まあ、来てよかったかな」
と、遅れて効いてくるように思う。
一見すると、お父さんの頭の中では
こんな計算式が回っているようにも見えます。
自分の娯楽 < 家族の思い出

ちょっとポイントがずれてるなあ
そんな打算なんかではなく、それがわれわれオスの宿命なんだと思うよ
──はい、正直に言えば、
これは少しポイントがずれています。
そんな冷静な損得勘定で、
毎年あの労力を引き受けられるほど、
人間は合理的じゃありません。
本当はもっと単純で、もっと厄介な話です。
それは「得たいからやる」のではなく、
「それが自分の役割だと思っているからやる」。
言い換えれば、
これは選択というより、宿命に近い感覚です。
家族孝行とは、
何か特別なことをして感謝されることではなく、
自分の気持ちがどうであれ、
家族の時間を成立させる側に回ること。
切ないけれど、どこか誇らしい。
それが、お父さんという存在の立ち位置なのだと思います。
そして、ここでひとつはっきりさせておきたいことがあります。
愛は感情ではありません。
愛とは、
・その場で評価されなくても
・報われた実感がなくても
・文句を言われることがあっても
それでも積み重ねていく行動の結果です。
愛とは積み重ね。
愛とは試練。
愛とは、あとから振り返ってようやく分かるもの。
だから家族旅行は、
その瞬間を楽しめなくてもいい。
完璧に笑顔でいられなくてもいい。
それでも家族孝行として、その場にいる。
それ自体が、もう十分すぎるほどの「愛」なのだと、
私は思っています。

それはそうだね
繰り返しますが、
愛とは積み重ね。愛とは試練。愛とは結果。
家族孝行のつもりがすれ違う理由──「伝えない」お父さんの選択
でも、ここでひとつ大きな落とし穴があります。
お父さんの心の中には、確かにこんな思いがあります。
「正直、旅行は得意じゃない。
でも、家族のために頑張っている。」
──ただし、ここで大事なのは
それを“伝えようとしていない”という点です。

伝える必要はない。伝えようと思うこと自体がナンセンスと思う
というより、正確に言えばこうです。
伝える必要がない。
伝えようとすること自体が、どこかナンセンス。
なぜなら、それは家族孝行の“条件”ではないから。
「頑張っている自分を分かってほしい」
「我慢していることを評価してほしい」
そう思った瞬間、
家族孝行は見返り付きの行為に変わってしまう。
だからお父さんは、あえて黙る。
あえて説明しない。
自分の気持ちは、心の奥に沈めたままにする。
ところが、その沈黙は、
家族にはまったく別の形で映ってしまいます。

なんで楽しそうじゃないの?
せっかくの旅行なのに、空気を壊してる
なんだか機嫌が悪そう
お父さんとしては、
「いやいや、家族のために来てるんだよ」
という思いなのに、
伝えなければ、ただの仏頂面です。
こうして、
誰も悪くないのに、
小さな違和感が積もり、
ちょっとした一言がケンカの火種になる。
ここでひとつ、
かなり身も蓋もない真実を書きます。

家族のためではなく、「それが自分の存在意義である」という域にまで達しないとね
見返りを求めるからケンカの原因になるのであってね。
→家族のためにやっている、という意識のままでは、まだ足りない。
「家族のため」ではなく、
「それが自分の存在意義だからやっている」
というところまで腹をくくらないと、
どこかで必ず“見返り”を期待してしまう。
そして、その期待こそが、
すれ違いとケンカの正体です。
実はここに、
少しだけ役に立つ考え方があります。
いわゆるコーチング的な視点です。
相手を変えようとしない。
理解してもらおうとしない。
ただ、「前提を置かずに聞く」「言葉を選ぶ」。
それだけで、
家族旅行の空気は驚くほど変わることがあります。
家族孝行としての覚悟は、言葉にしなくていい──それでも壊さないための「ひとこと」
出発前に“本音を一言伝えておくこと”――
よく、そう言われます。
たとえば、こんな言葉です。
「正直、旅行は得意じゃないけど…家族の笑顔が見たいから行くんだ」
一見すると、
とても誠実で、よくできたアドバイスに聞こえます。
……が、ちょっと待ってください。

いやいやいや、あなた何言ってるの?
これは間違ったアドバイスです。
本当に家族の幸せを望むなら俺の心は奥底に沈めよう
はい、本当に家族の幸せを望むなら、
自分の気持ちは、もう少し奥に沈めたほうがいい。
少なくとも、
「俺は本当は得意じゃないけど頑張ってる」
という前提を、わざわざ差し出す必要はありません。
なぜなら、その瞬間、
家族孝行は条件付きの行為に変わってしまうからです。
「分かってもらえたらいいな」
「評価してもらえたら楽になるな」
その期待が生まれた時点で、
こちらの心は、もう静かではいられなくなる。
実際のところ、
そのひとことで妻がこう受け取ってくれるかというと──

そうか、パパは慣れてないけど頑張ってくれてるんだな

そうは受け取ってもらえねーだろ
……はい、正直、そううまくはいきません。
多くの場合、
それはただの“説明”として流されるか、
あるいは、かえって気を遣わせるだけです。
では、どうすればいいのか。
ここで大事なのは、
「本音を吐くこと」ではありません。
「不満を伝えないこと」です。
言葉にするなら、
それは「不満」ではなく、
「願い」や「姿勢」としてにじませる。
- 「俺だって疲れてるんだ!」ではなく
- 「今日はこうできたら助かるな」
- 「それは無理だよ」ではなく
- 「こうだったらできるかもしれない」
たとえ現実的に厳しくても、
否定から入らず、肯定で返す。

そう!すべて肯定で返すのは有効!
これだけで、
家族旅行の空気は、驚くほど荒れにくくなります。
家族孝行としての覚悟は、
言葉で主張するものではありません。
黙って引き受け、
態度で示し、
空気を壊さない。
それは決して格好いい話ではないし、
人に勧めたい生き方でもないかもしれません。
でも少なくとも、
家族旅行を「ケンカの場」にしないためには、
一番現実的で、一番確実なやり方です。
家族孝行を壊さないための工夫──怒らないより「やり過ごす」
ここまで読んでいただいて、
「じゃあ結局、ずっと我慢しろって話?」
と思った方もいるかもしれません。
違います。
我慢し続ければ、
いずれ必ずどこかで破裂します。
問題は怒りが出ることではなく、
怒りをどう扱うかです。
本音を「伝えない」と決めたなら、
次に必要なのは、
旅行中に湧いてくるイライラを
その場で処理する技術です。
ここで言う本音とは、
「本音を吐き出すこと」ではありません。

本音を“おくびにも出さずに通過させること
はい、そうです。
たとえば、こんな場面。
渋滞や待ち時間でイライラしてしまうとき
これはもう、避けようがありません。
そんなときに役立つのが、
いわゆるアンガーマネジメントの考え方です。
難しいことをする必要はありません。
- その場で6秒待つ
- 深呼吸を数回する
- 一度、意識を別の場所に逃がす
怒りを「消す」のではなく、
やり過ごす。
これだけで、
口から余計な一言が出る確率は、
驚くほど下がります。
家族の希望を取り入れてプランを組むとき
次に来るのが、この場面です。
- 行きたい場所がバラバラ
- 予定が詰まりすぎる
- 「なんで今それ言う?」という要望
ここで有効なのが、
コーチング的な問いかけです。
正解を出そうとしない。
まとめ役になろうとしない。
代わりに、
こんな一言を挟みます。
- 「今日は、何ができたらいい日になる?」
- 「ここだけは外したくないのって、どれ?」
主導権を奪わず、
家族自身に考えさせる。
それだけで、
「やらされている感」は薄れ、
場の空気はぐっと穏やかになります。
この2つを取り入れるだけで、
家族旅行は
「我慢大会」でも
「感情の爆発現場」でもなくなります。
ただのイベントが、
少しだけ“笑顔が増える場”に変わる。
それで十分です。
ここで紹介した考え方は、
旅行に限らず、
日常の人間関係でもそのまま使えます。
詳しいやり方や考え方は、
以下の記事で整理しています。

この2つの記事は日常や旅行での人間関係に普通に役に立つテクニックなのでぜひ参考にしてください。
家族孝行とは、
完璧な父親でいることではありません。
壊さずに帰ってくること。
それだけで、十分すぎるほどです。
まとめ|お父さんの切なさは“家族孝行という愛情”の証
本当は、家でゴロゴロしていたい。
何も考えず、誰にも気を遣わず、静かに休みたい。
それでも、
家族の笑顔を優先して、旅行に出かける。
その選択を続けているお父さんの切なさは、
間違いなく、深い愛情の証です。

はい、それは真実です
ただし、
よくあるアドバイスには、ひとつだけ異議を唱えておきたい。
「旅行前に
『家族の笑顔が見たいから行くんだ』
と伝えれば、雰囲気は変わる」

はい、それは違います
本当に家族の笑顔を望むなら、
その“覚悟”は、言葉にしなくていい。
むしろ、
自分の気持ちは心の奥底に沈めておく。
それくらいで、ちょうどいい。
家族孝行とは、
理解されることでも、
感謝されることでもありません。
評価を求めないまま、
場を壊さず、空気を整え、
最後まで引き受けること。
そのうえで、
イライラをその場でやり過ごし、
家族の声を引き出す小さな工夫を重ねる。
それだけで、
家族旅行は「ケンカの舞台」ではなく、
静かに積み重なる思い出の時間に変わっていきます。
最終的に――
家族の笑顔は、
巡り巡って、自分自身の喜びに返ってきます。
すぐに実感できなくてもいい。
その場で報われなくてもいい。
得たいものがあるなら、
まず与える。
与えるべきものは、
結局のところ、
無償の愛──見返りを求めない行動と言葉なのだと思います。
もちろん、
私自身も、まだその境地には達していません。
だから今日も、失敗しながら、
少しずつ修行を続けています。
もしあなたも、
家族旅行の前に、
同じような気持ちを抱えているなら。
それだけで、
もう十分すぎるほど、
家族孝行なお父さんです。

得たいものがあればまず与える
与えるべきは結局、無償の愛(見返りを求めない行動、言動)なんだと思います
そういう私もまだこの域には達していないので日々修行に励みたいと思います


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